奇跡の生還

 

 以下は、1997年12月16日に起こった紛れもない事実の記録である

 

 午後1時0分頃。
 杉本町駅近くの貨物線の踏切あたりを、私が自転車で通りかかった時、
 「学生さん、学生さん」と呼び止められた。
 声の主は、車の助手席に乗った、年の頃40ぐらい、「・・・ざます」という言葉遣いがよく似合いそうなオッサンだった。
 「この辺に市大の寮はないか?」
 と尋ねられ、
 「えーっと、志全寮というやつがありましたけど、この前廃止になりましたよ」
 と教えてあげると、彼はなにやら一瞬困った風な顔をしたあと、状況を饒舌に説明しだした。
 「これから5社くらい集まってな、おたくんとこの生協さんと取引があるんやー。ワシ支店長。(運転席の男を指して)この人副支店長。あいさつぐらいせんかー。お得意様やで」
 「はぁ・・・」と適当に返事をしつつ、私は2つの可能性を疑っていた。「この人、昼間から酒入ってるんか。それとも、ほんまに金持ちの世間知らずで、こんな話し方なんだろうか」
 まあとにかく、私は1時10分に友達と約束があった。早く解放してくれへんかなー、と思いつつ彼の独特の口調に引き込まれる。
 「キミは生協を使うといっても本とか食堂だけか・・・(中略)・・・今フェアやってんねん。今日チラシ見ーへんかったか?おたくのとこの学生さんもよーけ来てくれてるよ・・・(中略)・・・キミは下宿? ・・・自宅生か。家どこや? 堺東か!! ジョルノとかアップルとかあるとこや!! あっこにもおっちゃんとこ卸してるでー・・・(中略)・・・京都のビブレいったんか!! ・・・2階は見てくれてへんのか! ほなおっちゃんとこの(なにやらブランド名)は見てくれてへんなぁ・・・」
 いちいち目を丸くしてしゃべる彼に私はすっかり警戒心を解き、
 「この人はきっとただのボンボンのアホオッサンに違いない」
 という気になった。
 そして彼はついに本題に入った。
 「今うちら二人で大笑いしとったところなんやけど、本社のコンピューターがコートを卸す数を間違えよってな、50着卸すところを51着卸して来よったんやー・・・・・それでな」     
 彼は「あまり大きな声でいわれへんから」と私に顔を近づけるよう催促した。
 「こんなん持って帰っても上役に没収されるだけやから、キミに分けてあげようとおもうんや」
 おおおっ!! 私の心は舞い上がった。よくわからんが有名ブランドがタダで俺のものに・・・劇団のみんなに自慢したろ!! ああ神様、このアホオッサンとの巡りあわせに感謝いたします・・・。
 「キミ口堅いか」という質問に「それは大丈夫です」と即答し、
 「ちょっと自転車そのへんにとめ。あっカバンは取られたらあかんから持ってきい」
 と言いながら彼は後部ドアを開けた。
 私は言われるがままに自転車から降りたが、さすがに車の中に入るのはためらって、外から車中の様子をうかがっていると、
 「誘拐したりせえへんから、もっと奥入りや」
 私はこの言葉にすっかり安心し(なんでやねん)、完全に車内に入り、自分でドアまで閉めた。
 車の後部座席に服が折り畳まれて重ねて置いてあり(今考えるととても50着はなかった。2、30着ぐらい)、アホオッサンはそれぞれについていちいち説明してくれた。
 「・・・キャメル! キャメルも今年流行ってるんよー・・・」
 しかしこの時時刻はすでに約束の1時10分。まあ多少遅刻してもコートを見せれば説明は一発さ!! とは思うがこのまま放置していると止めどもなくしゃべり続けそうだったので、
 「あの・・・あと10分くらいで友達と約束があるんですけど」
 と言うと、
 「オッチャンかて休み時間2時までやー。・・・・・君、今ポケットマネーいくらぐらいあるんや?」
 「えーっと、6000円ぐらいかな」
 私は正直に答えた。すると彼はアチャーッという顔をして、
 「6000円かあぁぁぁーーーーー・・・・・君、家にはあるんか? 家までとれくらいかかるねん!? パッと帰ってパッと取ってこられへんか?」
 ここに至って、私はようやく自分が騙されようとしていることに気付いた。
 「あ・・・往復で30分ぐらいかかるし」
 「なんやぁーそんなん早よ言うてくれたら車で行ってあげるのにー。・・・カードでそのへんからおろしてきたら? カードもないんか!? もったいないでぇーこんなん買ったらウン十万とするでぇー」
 はいもうバレてるよキミ、と心の中でアホオッサンにツッコミをいれつつ、自分が今いかに危険な状況にさらされているかも感じていた。敵は二人、しかも敵の車の中。ってなんで俺こんな知らんオッサンの車の中入ってんねん!! しかしそれは悲壮感溢れるツッコミ。
 「そうや、その友達に借りられへんか?」
 「いや、そいつ貧乏やし、バイトしてへんし(適当)」
 私はもう何がなんだか分からなくなっていた。この後自分はどうなるのだろう・・・。
 ・・・その後解放されるまで、どんなやりとりをしたのかよく覚えていない。「お友達によろしく」とか「オッチャンとこで買い物してな」とか言われた気がする。車のナンバーをチェックするという芸当などできるはずもなかった。

   挑戦状

 あのときのアホオッサンよ!
 またはそれに類する者よ!
 もう一度かかってこい!!
 私はあのときとは違う。
 今度こそ、私は車に乗らないだろう!!
 

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